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燃える演奏

■燃えるピアノから流れるジャズ、弾くは世界の山下洋輔さん
世界的なジャズピアニストの山下洋輔さんが8日、石川県志賀町の海岸で、古くなったピアノへの感謝と供養の思いを込め、激しく燃えるグランドピアノを演奏した。この表現活動は、金沢21世紀美術館(金沢市)の主催。山下さんは、1973年にも同様の演奏をしたことがあり、その表現の意味を確かめたいと再演した。海岸では、僧侶による読経の後、夕暮れが迫るころピアノに点火。消防士のヘルメットに防火服姿の山下さんは炎上し、少しずつ音が出なくなる中、約5分間にわたって弾き続けた。演奏後、山下さんは「一期一会の気持ちで、最後の音が消えうせるまで闘い続けた」と語った。
(読売新聞 - 03月08日 22:03の記事より引用)
ジャズピアニストの山下洋輔さん(66)が8日、石川県志賀町の海岸で35年ぶりに炎上するピアノで演奏に挑んだ。午後5時すぎ、防火服姿の山下さんが演奏を始めると同時に点火、程なくピアノ全体が炎に包まれた。バチバチという破裂音の中で、音程が狂っていく鍵盤をたたき続ける“熱演”に約450人の観衆は息をのんだ。約10分後に「鍵盤の間からも煙が出て限界が来た」といすを離れた後、ピアノが燃えるのをしばし見つめた山下さんは「ああいう時間、空間は地球上のどこにもない」と感慨深げだった。前回の挑戦は1973年で「炎上ピアノを弾く男」として山下さんの名を広める契機になった。「あの時得た表現は何だったのか再確認したい」という思いが強く、再演が実現した。
(北海道新聞 - 03月08日 21:46の記事より引用)
ふだんの私の物言いでしたら、
ピアノがもったいないとか可愛そうとか、
そんなの間違っている!とか言うと思うでしょうが、
あにはからんや、これはこれでいいのだと思っています。
それは、これが芸術の一環だから。
芸術の本質は、そういう理解されないものである側面があるんです。
だって、誰もができるようなことしかできないんだったら、
習い事の発表会止まりということなんですよね。
もちろんそれが芸術だからといって、
むやみやたらに何でもありでいいとも思いませんが、
ピアノ演奏と文字通り格闘してきた山下洋輔の実績があればこそ、
成立する芸術ではあるんじゃないでしょうか。
何かに憑かれたように、
ピアノを叩き壊しながら演奏をしている映像を、
過去に見たことがありますが、
そこにはピアノがどこまで自分の身体に応えてくれるか、
自分の身体を張って立ち向かう芸術家の姿がありました。
山下洋輔のスタイルで有名なことと言えば、
ひじ打ちで鍵盤をぶったたくような演奏があげられますが、
まさにそれはピアノとの格闘。
もちろん、それだけが山下洋輔の本質じゃないからこそ、
一流のミュージシャンたりえたんだと思いますけれども。
ジャズのフリー・インプロビゼーションのなんたるかは、
私は論じられるだけの知識がありませんし、
うかつなことを書くと怒りだしそうな友人(笑)がいますから、
語ることはしませんが、
こういう類いの危うさがあるからこそ、
芸術が人を魅了することはあるんだと思います。
ああ!、現場で聞きたかったなぁ。それが私の感慨のすべて。
ただ、こーゆーの嫌〜いとか、
それはそれでいいんだと思うんです。
自分自身だけのモノサシで、
好きとか嫌いとか言えることが、
人生を楽しめるかどうかに直結しているのですが、
その感覚が育たないのが日本の土壌の問題点でもあるのですけどね。
ところで、私が多少なりとも少しは演奏できる楽器では、
この芸術表現はできないんですよねぇ。
やっちっまったら自分が燃えてしまいます。
というか、自分が火傷をしない点をクリアーできても、
数秒も演奏できないでしょう…ヴァイオリンでは!
だいたい通常の奏法では弾き語りで歌も歌えないぞ、ヴァイオリン!
ああ、ピアノって凄い楽器なんだよね〜。
(↑何か違うけど、本質が潜んでいる…かも。)
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