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硫黄島、正しき名前の帰還

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硫黄島を「いおうとう」に変更

第2次世界大戦の激戦地、硫黄島(東京都小笠原村)の呼称を「いおうじま」から「いおうとう」へ変えると国土地理院が18日、発表した。戦後も帰島かなわぬ旧島民の心情に配慮し、村が変更を要望していた。市販地図や教科書の基になる2万5000分の1地形図の図名が9月から改まる。硫黄島には戦前、約1000人の島民がいて「いおうとう」と呼ばれていたが、戦時中、全員が強制疎開に。米軍が「いおうじま」と呼び、その後、都もこれを標準呼称として公報に載せたことから、地理院も82年から「いおうじま」を使ってきた。

朝日新聞 2007年06月18日19時46分の記事より引用


硫黄島という本土から遥か離れた南洋の島で、
かつてなにがあったのかを、
アメリカ映画ではじめて知った人もいるというのも、
ちょっと違和感を覚えることではあるんですが、
正さなきゃいけないところを正すのに、
役に立つことにはなってくれたようです。


戦争の勝敗というものは、移動力で決まります。
古い時代の戦争では歩兵が敵国の都に入れるかという点、
つまり兵を的確に進めることが、
勝敗の帰趨を決定づけることになります。
この移動力が重要なのは現代でも変わりません。
ボタン一つの戦争になっている今の世界でも、
ミサイルが届くか届かないかの移動力の勝負ということです。

第二次世界大戦の末期の日本をとりまく状況下では、
連合国(というよりアメリカの)爆撃機の航続距離が問題でした。
もっと正確に言うと、
爆撃機の護衛をする戦闘機の航続距離の問題で、
適当な位置に拠点が欲しかったのがアメリカ側の事情。
日本側もそれを承知していたからこそ、
そこが奪取されれば、本土がおしまいであることを理解していました。
それが、硫黄島の位置づけです。
沖縄と並んで、アメリカ軍と直接対決の戦闘があった島が、
東京都に属していることも、その存在も、
いまは知る人のほうが少ないのかもしれません。

硫黄島は、東京の南1,000キロほどにある火山島で、
グアムやサイパンと日本本土の中間に位置することと、
空港があり爆撃機が発着できることから、
アメリカ軍の侵攻目標になったわけですが、
東西に8キロ南北に4キロという小さい島でありながら、
変化に乏しい地形が、
逆に激戦となる結果を呼び込んだといえるようです。

栗林忠道陸軍中将ひきいる硫黄島の日本軍は、
アメリカ軍との戦力差を正しく認識しており、
上陸してくる部隊を海岸で阻止するのは無理と考え、
島にある洞窟や坑道を網の目のように結び、
要塞として利用することで勝機を得ることを立案。
40度から60度の坑道の気温と有毒ガスに苦しみながらも、
全長18キロもの坑道を完成し、
アメリカ軍と対峙することになります。
(坑道は予定では28キロあったが、10キロ分は間に合わず。)

一方アメリカ軍はこの硫黄島の戦力増強を察知しており、
しつこく爆撃と海岸からの艦砲射撃を繰り返し、
戦力を削ごうとしていましたが、
かならずしもうまくいかなかった面があるようです。
それには戦勝ムードで、
この作戦が終れば国に帰れるという意識が、
多少なりとも邪魔をしたということもあったのでしょう。

そんな中、1945年2月18日に両軍はついに激突。
日本軍約22,000人とアメリカ軍約70,000人の、
最後の激戦がはじまりました。
アメリカ軍の予測では、戦闘は数日で終るはずでしたが、
日本軍の戦いぶりは激しく、
組織的な戦闘が集結したのは3月22日のことでした。
(これも完全に戦闘が終わったという意味の日ではないのですが。)
日本軍の戦死者は20,129名。
アメリカ軍の戦死者は6,821名、負傷者21,865名。
硫黄島も、島自体の地形が変わってしまったといいます。

その後、終戦のあとも硫黄島はアメリカの統治下におかれ、
1960年代には、
アメリカ空軍の核兵器が置かれていたこともあったようです。
日本に返還されたのは1968年のことですが、
わずかながらいた住民は1944年に疎開させられて以来、
帰島はいまだにかなっていません。
現在は海上自衛隊の航空基地が置かれ、
一般人の立ち入りは制限されており、
アメリカ軍との合同演習などに使われているのです。

この地の激戦で亡くなった人たちは、
そのほとんどが、その後も「そのまま」の状態でした。
平成の時代になっても何度も遺骨収集団が組まれており、
現地を訪れていますが、回収された遺骨は約8,500柱。
現代の装備をもってしても、
遺骨収集のために壕にはいることが、
それだけ過酷な状況だということがいえるでしょう。

クリント・イーストウッドが、
硫黄島をとりあげて映画を作ってくれたことで、
硫黄島の名前を風化させないですむのはありがたいことです。
ことに、日本の側の視点からの映画も作ってくれたことは、
高く評価したいところです。
ただし、映画の内容はまた別に評価することではありますけれど。

そして、この映画の力もあってか、
硫黄島は本来の名前を取り戻すことになりました。
硫黄島と書いて「いおうじま」と読ませてきたのは、
占領軍の誤記から生じた「あちらさんの都合」でした。
ですから、
今回、「いおうとう」という本来の呼び方に戻せるのは、
そこが故郷の人たちだけの悲願ではなく、
国全体の問題だったんだと思うのです。

戦後処理のどさくさの延長上の問題は、
まだまだこの国には横たわっているのですが、
まずはひとつ、
とても大きな問題に手がついたことを、うれしく思います。
少なくとも、彼の地で横たわる者たちの遺骨が、
まだそこにあるのですから、
たかが呼び名ということではないのです。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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    元々はリアル環境に諸事情をかかえていたときに気分転換で匿名ではじめた個人的な日記ブログでした。MAYAというのは中学以来の一部でのニックネームですから、おわかりの人にはすでに誰だかわかっていたはず。もう、実名にしてもよくなったのだけれど、ネットでの交流がはじまっていた方もおり、複雑怪奇なことになりそうだったのでこのブログDARK HEAVENでのハンドルはMAYAで通すことにしました。プロフィールにあるようなよくわからないシュミの性別不詳、年齢不詳の「キャラ」として楽しんでもらえれば幸いです。時々、性別や年齢がわかる発言をしているのは愛嬌ということで。リンクやトラックバックはご自由にどうぞ。拍手は泣いて喜びます。こんなのでよければ仲良くしてね。
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