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さよならブッチャー、浅野祥之

私が多趣味なのは知っている人も多いですが、
その趣味の相互にあまりにも関連がないものだから、
『そういう趣味』があることも知らない人も多いのです。
現に、私が料理をするのを知らない友人がいたり、
歌舞伎からアイドルまで、
支離滅裂にコンサートや演劇に足を運ぶのも、
そんなには知られていないようです(笑)。
さて、私が青春の1stシーズンを過ごした80年代、
とにかく『角松敏生』という人が嫌いでした。
当時、何がカンに触ったのかはわからないのですが、
曲を聞くたびにいらついた想い出があります。
それなら聞かなきゃいいのですが、
なぜか主要なシングルは持っていたりして。
結局、角松敏生がその時考えていたであろう、
「変わらないもの」をもとめる姿勢に、
どこかで反発をしていたのかもしれません。
こちらはまだ若いですから(幼いとも言う。)
きっと、おんなじようなことを考えていたのだけれど、
それを形としてキレイにかっこ良く具現化していたことに、
嫉妬をしていたのだと思います。
ま、今だから分析できることなんですけどね。
そんな風ですから、角松敏生の作風は好きだったのです。
基本的には。
だから結構、コンサートには足を運びました。
一時期活動を休止した、凍結、解凍騒ぎのときも。
そんな角松敏生のコンサートをささえたバックバンドは、
ほぼ不動のメンバーでした。
なかなか贅沢なメンバーだったのですが、
その『角松バンド』のギタリストが、浅野祥之さんでした。
淡々としながらも印象的な演奏をする姿は、
心に刻みつけられています。
決してものすごい大柄な方でもないのですが、
浅野さんがストラトを弾いていると、
しゃもじを抱えているように小さく見えたものでした。
4月20日、肺炎による肺気腫で死去。享年48歳。
かなりまえから具合は悪かったようなのですが、
亡くなる直前まで精力的に演奏をなさっていたようです。
数多く、実際の演奏を聞いたことがあるので、
この訃報はショックでした。
なにより角松バンドは、去年、
不動のベーシスト青木智仁さんを49歳でなくしたばかりで、
なおさら。
角松敏生もギタリストですが、
うまいというよりは特異なギタリストですから、
そんなバンドのとりまとめのギタリストとして、
出過ぎないで存在感をしめし、
なおかつ時々は前に出てくるというプレイが忘れられません。
数多くのアーティストにも影響を与えた、
ミュージシャン オブ ミュージシャン、浅野祥之。
私は忘れません。
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