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ラーメン @ 一力(谷中)

ラーメンはカレーとならんで、
もはや国民食の一つになっていますが、
来歴を探れば探るほど、
核心のよくわからない伝播のしかたをしています。
はっきり言えるのは爆発的に広まったのは戦後ということ。
戦時中の大陸との関係性から、
食文化として一般に受け入れやすい土壌が、
できたということなのでしょう。
日本で最古のラーメンは、
江戸時代に水戸光圀も召しあがったとされていますが、
鎖国時代はなかなか進展があるわけがありません。
幕末頃に横浜に伝わったものがルーツという説もありますが、
明治初期に長崎にちゃんぽんが伝わって以降、
明治中期には活発な動きがあり、
函館、横浜といった港町を中心にして、
中華街の出現とともに「南京そば」というものが、
食べられていたようです。
少しはしょりますが、
その後、明治43年に東京に来々軒が開店し、
ラーメン、シュウマイ、ワンタンがポピュラーになり、
各地のご当地ラーメンの文化が花開いていきます。
函館、喜多方、佐野、京都、尾道などは、
大正から昭和初期には、
現在の原型ができていたといっても過言ではありません。
不幸な戦争により中断をはさむことになりますが、
大陸から持ち帰られた調理技法なども加わり、
戦後は一気に店が増えていくことになります。
なお、九州系統のラーメンは昭和10年代から戦後の発祥。
現在の隆盛からは考えられませんが歴史は一番浅いのです。
そしていまや、百花繚乱の感があるラーメン業界です。
いろいろなものがあるのはいいことではあると思いますが、
なんでもありすぎて首をしめている気がしないでもありません。
私はどちらかといえば、
いつでも気軽に食べられる存在であってほしいのです。
そんなわけで時々食べたくなるのが、ここ「一力」のラーメン。
もはや写真を見れば、説明無用の東京ラーメンの王道。
もうかなり老齢の、
ご夫妻と思われる二人が営んでいるお店ですが、
開店から40年の年輪を安心感として感じられます。
なにより、ラーメン1杯500円と昭和値段なのがうれしい。
私がこのような東京風醤油ラーメンを好きなのは、
きっと私が関東人だからなのでしょう。
もし博多の人間だったなら、
長浜ば最高ねと言っていると思いますし、
旭川の人間だったら、やっぱこれっしょと言っているでしょう。
つまりはラーメンとは自分の来歴そのものなのですね。
そして、私がよく言っていることですが、
自分にとって美味しいお店というものは、
そうたくさんあるわけがないのです(笑)。
新しいものを追いかけるのは楽しいことですが、
それで失われるものもあるのだとしたら、
考えないといけないことではないでしょうか?
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