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誇りより、安全じゃないのかな?吉野家さん。
吉野家の牛丼というのは、
それ一品で全国制覇を成し遂げただけあって、
何物にも代え難い凄みがある味といえます。
他の牛丼チェーンが肉薄しても、
やはり、『牛丼』は吉野家です。
料理屋の料理として美味しい牛丼はいくらでもありますが、
あの牛丼こそが最高といってもいいと思います。
その吉野家も、アメリカ製牛肉を巡って、
不遇の時代に突入しました。
悪夢ともいえる発売中止から2年半。
代替メニューの豚丼で凌いできましたが、
残存する牛肉で1日だけの復活はあったものの、
牛丼はだせずじまいでした。
吉野家の言い分としては、
発売中止の段階の味を出せる牛肉は他にないので、
それ以下の味の品物をだすのなら、
むしろ休止したいということでした。
その、『誇り』は大事なことですが、
そこから先の方針を検証してみると、
そこに巨大化した組織を維持するための迷走が見えます。
吉野家の牛丼の肉は、
アメリカ産のバラ肉のみを使っていました。
このバラ肉(ショートプレートという部位)にこだわることで、
濃厚な味を出してきたのですが、
必要な量のショートプレート『だけ』を売ってくれるのは、
アメリカしかないということをくり返してきたのが、
吉野家の主張でした。
そこに存在するのは、コストの話だけです。
結局、組織として現在の販売店の数を維持しつつ、
同じコストで販売再開するには、
アメリカの牛肉の輸入再開しか道はないという結論で、
早くから政府に圧力をかけはじめましたし、
10万人の署名を集めて輸入再開を早めようとしていました。
吉野家の活動だけの結果としてではないですが、
皆に猜疑心が残る中、
アメリカ産牛肉は輸入再開になりましたが、
一私企業として、
万が一のときの責任が取れるとはとても思えません。
本当にアメリカ産でないと、
あの味はでなかったのでしょうか?
創業時にはアメリカ産の牛肉など使っていなかったはずですし、
黎明期には、いろいろと試行錯誤もあったはずです。
現在の店舗を統合しなおすことになっても、
多少高い牛丼を売ることになっても、
他には選択肢がなかったのでしょうか?
現場でそれを模索した方々の労苦とは別に、
最終的に吉野家経営陣が判断した道には、
不透明さがどこかに残る気がします。
いまテレビCMでは、
吉野家の牛丼の復活ののろしがさかんにあがっていますが、
そのコピーには、正直慄然とさせられます。
「あれから2年半。
うまい。を再び。
誇りをこめて
牛丼、はじめます。」
誇りは、自分たちの懐でもてればいいものなのです。
それをメインで主張するのは品性が感じられません。
あれだけ騒ぎを起こしてきている、
アメリカ産牛肉を使うにあたって、
安全を語れないというのは、
どこかが間違っているように思います。
残念ながら、
吉野家の牛丼が真に復活できるのはまだ先になることでしょう。
その日が早く来ることを楽しみにしたいです。
悪即斬 / 新選組三番隊組長斎藤一
京都の治安維持のために組織された新選組が、
その力を発揮できた根底には、
土方歳三の巧妙な組織の編成力があったといえるのですが、
細かい組織改編を行い続けた新選組の京都時代の全盛期には、
10の組割りがなされていました。
この10の組割りは、戦力を均等化したものではなく、
各組長の資質とも合わせ、
目的別に編成されたともいえるように思います。
つまり、乱暴に言うと強い隊と弱い隊があったようです。
ちなみに強かったのは、一番隊、二番隊、三番隊、
十番隊あたり。
当然、若い番号の隊ほど生え抜きの組長がいるわけですが、
それがほぼ剣の腕をあらわしている側面もあります。
一番隊は沖田総司、二番隊は永倉新八、三番隊は斎藤一。
十番隊の原田佐之助は、どちらかというと槍の人なので、
剣の腕より剛の者という感じでしょうが(笑)。
さて、新選組の歴史の中でも謎の多いのが、
三番隊の斎藤一というお方。
当初の名前は山口一だったといいます。
一(はじめ)、という名前の由来は、
天保15年の元旦生まれだからなのですが、
わかりやすいのはそのことくらいで、
いつから近藤一派と一緒なのかが、
皆目分からない人でもあります。
新選組の幹部としては、
実は沖田より二つ若いというのが意外で、
とびあがる腐女子のみなさんも多いのかも。
この斎藤一、
新選組のエピソードの要所で活躍していますが、
活躍と同時に名前も変わりつづけ、
京都後半からは山口二郎(次郎とも)になり、
会津に転戦中は山口として新選組を率い、
会津戦争のあとは藤田五郎と名前が変わります。
また、資料によっては、
藤田五郎の前に一瀬伝八と名のった時期もあるようです。
明治政府が発足すると、東京警視庁で警部補として奉職。
西郷隆盛が西南戦争を起こした明治10年には、
警視庁抜刀隊として参戦。
銃撃戦で負傷しながらも敵陣を奪取し、
大砲2門を奪う活躍をみせています。
明治を生きる新選組としての面目躍如というところでしょうか。
その斎藤一も明治24年には一線を退き、
いまでいう東京教育大学で剣術師範となり、
その後は東京で余生をまっとうしました。
新選組として、最後まで明治政府の所行を見届けるが如く、
明治の世を生きながらえ、大正4年9月28日、
正座をしたまま息を引き取ったと伝えられています、享年72。
そう、今日が斎藤一の命日なのです。
史実の斎藤は、眉がふさふさとして目つきの鋭い、
背の高い無口な男だったそうです。
また、無口故に、
永倉新八とはほとんど口を聞かなかったそうですが、
永倉は彼の剣には一目置いていたようです。
オダギリジョーの斎藤や、
るろうに剣心での斎藤しか、
ご存じない人も多いかもしれませんが、
史実の方がもっとしびれる男であったのだと思います。
聖者の群れ
人の想いは様々ですが、
ちょっとした加減で理解しにくいものになります。
たとえそれが正しいものであっても、
表現の仕方はつねに見直す必要がありそうです。
想いを原動力にするのは、
素晴らしいことでもあるのですが、
想いだけが先走ると、
そこからは何もつみあげられないのだと思います。
9月17日、ある人にはなんでもない日。
ある人には忘れられない日。
ある人には誕生日なのかもしれませんよね。
そうして、日々は過ぎてゆくのです。
想いはやがて交差するのだとしても、
その瞬間にはわからないものもあるのです。
それでもかわらないものは少しだけ存在します。
1994年が何年前の話であっても。
タロウ登場
なんのひねりもありません。タロウです!
かなりひさびさにお姿を拝見できるようです。
気分的には向こう3軒斜め隣りの兄ちゃんに、
20年ぶりくらいに再会するような気分。
ウルトラマンタロウ、おひさしぶりですね(笑)。
平成の世に新たにはじまったウルトラマンの新シリーズは、
新しい世界観の創造に主軸をおいたため、
それまでのシリーズとはつながりのないものになりました。
その一作目のウルトラマンティガと二作目のダイナは、
時間軸につながりめいたものがありますが、
三作目のガイアは独立したシリーズ。
コスモスでは怪獣を殺さないヒーロー像が描かれ、
反動で、つぎのネクサスでは子どもを置き去りにしすぎたため、
前作のマックスでは原点回帰。
セブン顔の主人公をはじめとして、
なつかしいキャストの客演や過去の怪獣が登場しました。
画面一杯の無数のバルタン星人は忘れられません。
そして、いま放映中のウルトラマンメビウスでは、
昭和ウルトラシリーズ栄光の日々の再現。
そう、ウルトラ兄弟がかなり久々に登板しているのです。
だいたい第1話からして、
主人公メビウスは『ウルトラの父』の命令で、
地球にやって来るのですから。
ウルトラマンタロウは今晩のオンエアでは、
まだ地球にはやってこないようですが、
主人公の『教官』としてウルトラの星でやきもきしている模様。
末っ子タロウ、思えば彼も出世したものです。
でも、地球に行こうとしてゾフィーにとめられるあたりが、
タロウの若さなのかも。
ところで、初代ウルトラマン、ウルトラセブン、
帰ってきたウルトラマン、ウルトラマンAの4人は、
何をしているかご存知でしょうか。
彼等4人は神戸沖の海中に封じ込めた最強の敵を監視するため、
あの日の姿のまま地球に留まっているのです。
その話の続きは、ぜひ映画館へ…。
それはともかく、タロウの勇姿は今日の夕方5時半から。
One Week In White 白の1週間
東京都港区北青山の高級スーパー、
青山紀ノ国屋本店跡地とその隣接地は、
ほぼ更地の状態となり、
現在、白の1週間−One Week in Whiteという、
アートパフォーミングが展開されています。
そこには、この場所の再開発に対する、
力のいれようを感じるものの、
裏腹に地元では不透明な噂も囁かれています。
青山紀ノ国屋は現在、
表参道の交差点を中心に対角線上に位置する南青山側で、
仮店舗の形態で営業していますが、
それは元の場所に戻るという大前提があってのことです。
この仮店舗を契約しておさえた期間と、
いま進んでいるプロジェクトの、
着工開始時期が全然、かみ合っていないのです。
地元に漏れてきた噂では、
紀ノ国屋としては、
元の場所と隣接地に大きな施設を建てたいが、
周囲まで買収する資金がない。
そこである会社にとりまとめを頼んで、
本店を壊し仮店舗に移ったものの、
交渉がうまくいかないまま現在に至っているというお話。
真偽のほどはなんともいいかねますが、
2004年3月以降空き地になっていたこの場所で、
期間限定とはいえミュージアムがオープンしたり、
Xbox360カフェや、
ナカタドットネットカフェが開かれていました。
当然、その期間中は工事が行われるはずもなく。
それは、当初紀ノ国屋が告知していたスケジュールとは、
違うものだったように思われます。
この土地を取得しているところの発表では、
2008年11月に地上16階、地下2階の商業施設が建ち、
地下フロアに紀ノ国屋が入るということになっていますが、
最初の看板のスケジュールですと、
もう入れ物は建って営業しているはずなんですよね…。
いま行われている白一色のイベントは、
白紙委任には気をつけろという皮肉なのか、
それとも、
このプロジェクトが白紙に還るかもしれないという暗示なのか、
11月のビル着工まで目が離せません。
もちろん地元の人間としては、
すべてが穏便に運んで欲しいというのが前提です。
1000坪の土地への怨念は怖いですからね。
The Bee
都会の真ん中にいると、
夜中の電柱の灯りに、
虫がたかっている光景をあまり見ないのです。
顔ほどの蛾にへばりつかれたり、
意味もなく口の中にカナブンに飛び込まれないのは、
それはそれでありがたいのだけれど、
どこか空恐ろしい寒々しい光景を、
無意識になんとも感じなくなっていることが恐ろしい。
これが小学校の国語の問題だと、
最後の行に波線がついて、
筆者はなにを恐ろしいと言っているのでしょう?、
なんて問題になるんでしょうね。
さて、虫のことは苦手でも得意でもありませんが、
感覚を理解しづらい生き物だとは思います。
だいたい、6本足というのが解せないっ!!(笑)
この季節、虫たちも活性化していますから、
ひょんなことからバトルになることもあるのですが、
戦いにくい相手ではあります。
かつて、飛んでいるアブを蠅たたきや物差しで、
真っ二つにするのが得意な私でしたが、
最近は腕が鈍っているようです。
すこし修行をしなおさないといけませんが、
アブも少なくなりましたので、無益な殺生はかないませぬ。
戦いといえば、うちのベランダに、
どういうわけか蜂が巣を作りたがるのですが、
この時は戦わないといけません。
一匹の時になんとかしないと勝ち目がないからです。
なぜなら、相手はスズメバチ。
こちらも一撃必殺体勢です。
スズメバチの場合、相手の顔に毒を吐くこともあるので、
気をつけないといけません。
そんなわけで、たまには虫と戦っている私ですが、
この前、こちらに向かって飛んでくる、
大きなスズメバチと遭遇。
あろうことか、一瞬、
無意識で手につかみそうになってしまいました。
つかんでも変身はできないと気づくのが、
もう一瞬遅れたら大惨事でした。
仮面ライダーの呪縛は恐ろしい…。


